*greensleaves*のエッセンス日記


 (グリーンスリーブス)   スピリチュアルなこと、家族とのことを、心で感じたままに綴ってます。家族でBUMP好き♪
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卒業式

今日は息子の卒業式だった。
卒業式といってもサポート校はビルの中にあるし、
知っている人もいないし、やれやれやっと卒業だ、
という感じで出向いた私であったが…

長男は都立高校に入学して9月から不登校になり、
市内に出来たばかりの通信高校のサポート校に相談に行って
次の年の1月に転入ということになった。
週5日通うのは無理ということで、週2日通学して、早2年。
先日レポート提出をして、予定の2年あまりで卒業でき、
当初の予定通りになって、やっとほっとした。
でもこの2年間、いろんなことがあった、と卒業式の間思い返した。

屋久島の副校長先生はありきたりな文面を読み上げる贈る言葉ではなく、
自分もいっしょに成長してもらっている、
とひとりひとりに語りかえるように話されていて
とても心に響いた。
「You are OK!」
という言葉、自分にもかけてあげよう。
「I am OK!」

そのあたりから泣くつもりがまったくなかったのに、号泣してしまった。。
スタッフの先生方は20代の方が多いが、本当に子供のことを
いろいろ心配してくれていたようで、その気持ちが心に沁みて…有難かった。

来賓の方々は転学した以前の高校の先生方がたくさん来られていた。
まさかでびっくりしたが、息子が以前通っていた都立高校の先生もいらっしゃっていた。
(スタッフの先生方がいろんな所に連絡を取られたようでビデオレターもあった)
後で都立高校の先生に聞いたことだが、34人中5人が辞めて、29人卒業。
息子が30人目の卒業で本当に良かった、と仰ってくれた。
先生なりに責任を感じていたんだろうな、と思う。
そして、勉強ができるからまた上の学校に行けば、と仰っていただいたが、
本人が納得して本当にやる気が出てきたらの話で、後は本人次第。

サポート校の一年目にはどうしても通えずにいて困っていた。
会社が休みのときに送っていった息子はビルの中に行ってもどうしてもドアの中に入れず
ちょうど入校の面接をしてもらったI先生に連絡していたこともあって、
息子が私を振り切って帰ろうとする寸前、そのI先生に腕を捕まえてもらって、
ようやく中に入ったことがあった。
それがターニングポイントだった。
I先生は男の先生だが、スピーチでは途中で泣いて話せなく、
もう一度後からします、というくらいに泣いていらっしゃった。
スピーチでは
「死にたい。という子供たちがたくさんいてそんな子供たちの話をたくさん聴いた」
と言われていた。ここにはもっと苦しい子たちがいるんだな、
先生方の努力はどれほどだったか、と思うと涙が止まらなかった。
式が終わってから、I先生にはとても感謝していることを伝えられた。

一昨年の担任のK先生には、不登校で行けない息子のことを
電話で泣きながら話して、先生に当たったこともあった。
去年K先生は福岡に転勤になってしまったのだが、
今日はわざわざこちらに出てこられてお会いでき
以前のお詫びができて、私にとって本当によかった。
K先生も息子が卒業でき、本当に喜んでいただいた。

今年の担任のT先生からは、
3年になってクラスで一番成長して変わった、
と言われて、びっくりしたがすごく嬉しかった。
いろいろ心配していただいたようだった。
スライドで映った屋久島の写真にはピースをする息子がいて
k先生も驚かれたようだ。

週二日通学なので友人関係は作れなかったが、
写真撮影の時に屋久島での同室の卒業生が声をかけてくれ
メール交換ができ、これからのつながりができた。

普通の高校とは違い、いろんな苦しい想いをしている親子がいて
それを見守る先生がいて…
それぞれのたくさんのいろいろな想いが「卒業」という形で終わる。
本当に心に残る感動的な卒業式。
私の見ていないところでこんなにいろんな人たちに支えられて卒業できた息子、
関わってくれたたくさんの人たちの、有り難味を教えられた。

ありがとうございました。
お世話になりました。本当に感謝いたします。
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by greensleaves | 2009-03-20 19:38 | *日常

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